うつ病のときに意欲の障害があると、何をするにも億劫になりやる気がしないという状態になる。さらに思考の障害があると、頭が思うように働かず決断ができなくなる。するとますますやる気がなくなってくる。そして感情の障害が加わると、憂鬱な気持ちや不安感、寂しさや孤独感にさいなまれることになる。
これを治療するにあたり、症状を改善するために一番効果的なのは、抗うつ剤を服用することなのだが、それ以外にもやらなくてはいけないことがある。それは生活環境の改善や、その人が持っている考え方を再検討することである。
一般的にうつ病になりやすい人の考え方には特徴があり、性格的には真面目で責任感が強く、几帳面で完璧主義者でがんばりやである。さらに人に頼まれるとなかなか嫌といえないところがあって、周りの人に気を使い、うまくいかないと、自分が悪いのではないかと思いつめてしまうところである。
このうつ病になりやすい人の性格の根底には、小さい頃からの自尊心の欠如があるように思われる。つまり自分はだめな人間である。だから常に努力をしていなければ、認めてもらえない。いやいくら努力をしても完璧ではない。だからさらに努力をして完璧を求める。
そして人に評価されるのを極端に恐れ、人から認めてもらえるようにひたすら努力する。そこには自尊の気持ちは全くといっていいほど見られず、いつもこころが満たされず、不全感と不安感が渦を巻いている。
周りの人から見ると、まじめな努力家であり、物事をきちんとこなし、責任感が強く信頼できる立派な人物であると高い評価をされるのであるが、当の本人のこころはぎりぎりのところまで張りつめていて、いつ緊張の糸が切れてもおかしくない状況にある。
この状況が続くと、心のエネルギーが枯渇してしまい、思考力は低下し意欲もなくなって、物事が進まなくなってしまう。ちょうど燃料の切れた車のように止まってしまうのである。
こういった考え方の人が、いったいどうやったらやる気が出るのだろうか。うつ病になりやすい人の性格が悪いといっているのではない。むしろ社会人としては好ましい性格であり、組織の歯車としては立派に職責を果たし、安心して信頼できる存在なのである。
社会人としては立派ではあっても、そのひと個人の幸せや満足度を考えるといささか問題がある。社会に立派に貢献していながら、個人としては決して幸せでも満足しているわけでもないからである。
薬物療法はうつ病の症状は改善してくれるが、うつ病の原因を直接治してくれるわけではない。うつ病の直接の原因は今のところ分かっていないが、うつ病を誘発するきっかけや誘因となるものはいろいろと考えられる。
その中でもうつ病の治療にあたり重視しなければならないものは、前にも述べたように人間関係を含めた生活環境と、うつ病の人に多く見られる性格傾向である。
さらにこの二つは密接に関係があり、うつ病になりやすい性格の人は、うつ病を発症しやすい環境を好み、そこから抜け出せないような思考パターンをしてしまう。
うつ病の精神療法の一つに認知行動療法がある。認知とはその人が物事をどのように捉えているのか、つまり物事の捉え方のことである。この物事の捉え方は人により様々であるが、うつ病の人の物事の捉え方にはある特徴的な傾向が存在し、それを認知の歪みという。
歪みという表現はあまり適切とは思えないが、うつ病になりやすい人は、考え方の幅が狭いというか、思い込みが激しいというか、他の考え方を知識としては知っていても、それを認めることができないというところだろう。
これを改善するために、自分と対極にある考え方を書き出して、自分の考え方と比較してみることである。つまり自分の考え方を客観的に第三者の目で見てみると、どのように映るのだろうかと考えてみる。
どちらが正しい、どちらが間違っているという判断の仕方ではなく、二つの考え方を同等の価値観で捉え、もう一つの対極の考え方も取り入れてみることである。
多くの場合うつになりやすい人は否定的な考えを持ちやすい。例えば代表的な認知の歪みに「過度の一般化」というのがある。これはひとつうまくいかないことがあると、すべてがうまくいかないような気がするという考え方である。
世の中うまくいくこともあればうまくいかないこともある。このことは当然分かっている。しかし、うつ病になりやすい人にとって、それが自分の身に及ぶとなると状況は違ってくるのである。どうしても「過度の一般化」をしてしまう。
そのほかにも認知の歪みはたくさんあるが、認知行動療法はこの歪みに気がついてもらい、考え方の幅を広げ、気持ちを楽にすることによってストレスを減らし、うつ病の治療に確実な効果をもたらす治療法なのである。