ハートふるメッセージ

荒川区西日暮里の神経科・心療内科・精神療法・カウンセリング・薬物療法の倉岡クリニックがお送りする、心に響くメッセージブログです
106.うつ病とうつ状態。
わたしのクリニックは、神経科、心療内科でこころの病気を対象に
治療を行っています。

毎日の診療のなかで、患者さんからの質問でよく耳にするのが、
「先生、誰でも生きていれば憂うつになったり、やる気がなくな
ったり、眠れなかったりしますよね。これはうつ病なのですか?」
というご質問です。

確かに、うつ病になるとやる気がなくなる、気分がふさぎこんで憂うつ
な感じがしたり、億劫になり、身の回りの普通にできていたことまで、
できなくなってしまうことがあります。

でも、これはうつ病でなくても起こる場合があります。

例えば、試験で不合格になった、信頼していた人に裏切られた、上司や
部下とうまく行かない、親友と仲たがいして仲直りができない、彼
(彼女)にふられた、さらには親、兄弟の死に遭遇した場合、愛する
配偶者や子供の死など、その人にとってとても辛いことがあるときです。

最初は悲しさ、寂しさ、不安、怒り、絶望感などの感情が頭の中をかけ
めぐりますが、しだいに無力感が支配的になり、何もする気がしない、
身体を動かすのもやっと、食事もとれず、茫然自失の状態に陥り、
こころのエネルギーが枯渇した状態になってしまいます。

これはまさにうつ病の症状なのですが、これらの辛い状態も時間がたち、
月日が経つにつれて、少しずつではありますが回復してきて、普段の
こころの状態にもどってしまえば、それは反応性のうつ状態であり、
うつ病とはいえないのです。

すなわち、うつ状態を起こしてしまう何らかの原因があって、その原因
にこころが反応してうつ症状を起こしてしまったのです。普通に生活
していても、長い人生の中でこのようなことは、いやでも何回かは経験
することですね。

それではうつ病とどう違うのかというと、うつ病の場合のうつ状態は、
その人が今までに経験したことがないような強いものであり、さらに
その症状が今までに経験したことがないくらい長く続いてしまうもの
なのです。

反応性のうつ状態は、きっかけとなった事柄(イベント)がなくなると
自然に回復してきますが、うつ病の場合、きっかけとなった事柄
(イベント)がなくなっても、いったん始まったうつ症状は改善する
ことはありません。

うつ症状の感じ方に本質的な差異はないのですが、うつ病の場合、その
感じ方は極端であり、放っておいて良くなることはなく、抑うつ状態が
しだいに進行して、絶望感が極限に達すると、死んだほうがましだ、
死ぬと今の苦しみから解放されるのではないかと思ってしまうように
なります。

そうなると怖いのは自殺ということになります。日本の自殺者の数は
3万人を超え、交通事故による死者数の3倍といわれています。
自殺する人すべてがうつ病というわけではありませんが、自殺する時の
精神状態はうつ状態であることに違いはないでしょう。

うつ状態になったとき、それがうつ病によるうつ状態なのか、何かうつ
になる原因があってうつ状態になった、いわゆる反応性のうつ状態なの
かは、自分では判断しにくいものです。

さらに混乱するのは、うつ病が発症する場合、思い当たるきっかけや
原因と思われるものが見当たらない場合と、いわゆる反応性のうつ状態
のように、はっきりした原因やきっかけがある場合もあるのです。

自分でうつ状態を感じたら、あるいはまわりの人からそのような指摘を
うけたら、『自分はうつなんかにはならない。』『自分だけは大丈夫』
と決め付けないで、一度専門医にご相談ください。

ハートふるメッセージ | 12:43 | - | -
105.信じろよ、自分を。
人は誰でもは辛いこと、苦しいことは避けて通りたいものです。
できることなら楽な道を選びたいと思うのは、人として自然な心情
かもしれません。

しかし、そういう道ばかり歩いていると、避けることのできない
困難な状況に直面したとき、どう対処していいかわからなくなり、
パニックに陥ってしまいます。

人生、山あり谷ありといいます。人は生きているというだけで、
自分の意思と関係なく、どうにもならない辛い状況に直面すること
があるものです。

だからといって、逃げてばかりではどうにもなりません。
立ち向かう勇気が必要ですが、この勇気は、降りかかる困難を
自らの力で乗り越えてこそ、身についていくものではないでしょうか。

小さい頃から否応なく、自らの力で困難を乗り越えなければならない
状況におかれた人は、その困難をひとつひとつ乗り越えることによって、
自分で気がつかないうちに、そのような力を身につけていったにちがい
ありません。

今日は矢沢さんのお話の2回目です。
彼の話は人間としてのエネルギーや、力強さを感じさせます。

                     拍手


悔しいのが原点だったね。なぜうちだけが違うのか。
惨めな思いだった。

僕が3歳の時に母は家を出てしまったし、小学校2年で父が亡くなった。
だから僕はあちこちの親類に預けられ、そして祖母に引き取られて育てて
もらった。

貧しかったですね。生活保護を受けていたし、学校の給食費も教科書代
もすべて免除される。そういう特典が恥ずかしくて、悔しくて、何で僕だ
けがそうなのか、こんな屈辱的なことはないと思っていた。自分が親に
なったら、息子の給食費や教科書代は絶対払ってやると誓っていましたよ。

道具が買えないからスポーツなども参加できなかったし、いつもおなかが
減っているし。つまらない、つまらないと言うのが口癖だったけれど、
それを聞くとおばあちゃんは「面白いところに行け」と言うだけ。でも
涙ぐんでいることもあった。

それでも僕がぐれなかったのは、音楽に出会ったからです。ベンチャーズ
がすごい人気で、エレキギターの音にまず夢中になった。もちろん買えな
いから、友達のを触らせてもらうだけ。ビートルズを知ったのもその頃で、
自分で作曲のようなことを始めたんです。楽曲の本を買って、発声練習
なんかも一人で始めてプロになる気持ちが固まっていった。

人がなんと言おうと自分の夢は必ず叶(かな)うと思っていたのは、
不思議だね。それだけ今の境遇から這(は)い上がりたいと思って
いたし、とことん音楽に夢中になる自分を信じられたんだと思う。

曲をずいぶん書きため、後にヒットする「アイ・ラブ・ユー、OK」も
18歳の時にはできていた。音楽でスターになる、その思いの強さだけで
広島を出てきたけれど、いい曲を作って、何でもやってやるという覚悟
だけは大したものだった。

進みたい方向は自分で決めないと苦しい。

どんなに苦しい境遇でもビートルズがいた。
それには心から感謝している。
もうドッカーンというエネルギーで、僕を音楽の世界へ引っ張ってくれた。
それがなかったら僕の人生はどうなっていたか見当もつかない。

矢沢はね、音楽を作るという、手に職を持つことができたから、今が幸せ
なんです。それを自分の手だけでつかんできたことが、プライドでもある。
だから若い人にも、人生を貫く仕事にたどり着いて欲しいと思う。

食うには困らないように、何とか生きていくのが君の人生か。でも、自分
の方向が見えなくなると暗闇に入ってしまう。暗い明日を想像するくらい
苦しいことはないんだけどね。

親や学校、そしてマスコミも好きなこと言ってる。低成長時代に突入した
から、すべて安全に選ばなくちゃいけないなんてね。いい子になってその
助言だけを聞いていたら、迷路に入る。

自分の人生を照らす明かりは、自分の心の中に灯(とも)しておかなくて
はいけないもので、他人に吹き消されてはだめです。

僕は、成り上がるという言葉を大切に思っている。自分の手で階段を上っ
ていくわけで、本当はこんなにワクワクすることはない。

うちは裕福だからとうそぶいている人だって、そのご先祖の誰かが成り
上がったんです。成り上がりの反対は、ぶら下がりだ。やっぱりそれ
じゃつまらないよね。(談)

ハートふるメッセージ | 20:44 | - | -
104.幸せに向ってますか?
人の生きざまは様々です。
あなたはどんな生き方をしてきましたか?

多くの人は小さい頃両親や先生に、いい学校に入ってよく勉強して、
いい成績をとりなさい。そうすればいい会社に入れてたくさんお金
がもらえて、豊かな生活ができると教わったのではないでしょうか。

本当にそうなのでしょうか。

たとえ学校の成績が良くていい会社に入れても、その会社がいつまで
も従業員の面倒を見てくれるわけではありません。今の時代は会社の
業績次第では、いとも簡単にリストラされるのは当たり前になって
います。

昔と今ではルールが変わってしまったのではないでしょうか。

こういう時代に生きていかなければならない私たちは、今までの価値観
ではなく、新しい価値観や考え方を持たなくてはならないようです。

でも昔から今の時代を乗り切る価値観を持っていた人は、たくさん
いらっしゃるようです。こういう人々は世の中の変化に微動だにしない
精神力を持っておられるようです。

その中のひとり、矢沢永吉さんのお話をasahi.comからご紹介します。

                    拍手

どんな時でも人生の主人公でいよう

僕の生き方を見て勇気をもらったと言ってくれる人は多い。
現役でがんばり、手痛い目にあっても必ず立ち上がってくる姿が
いいって。

でも、僕のことを観客席から声援しているだけじゃなくて、みんな自分の
人生を目いっぱい走っていますか。

リストラされて、もう生きる気力がなくなったなんていう人がとても多い
けど、考えてもみて欲しい。リストラされるのはその人の能力がないから
じゃないし、人格を否定されたわけでもない。単なる会社の都合だけだ。

経営者は税金を払ったり、会社を継続させるために苦しい選択として、
必死でリストラをしている。そんな会社の都合だけなのに、自分の人生を
自分でとことん否定するなんて違うと思いますけれどね。

辛(つら)いのは分かる。でも皿洗いでも何でもやって、また立ち直れる
じゃないですか。

雑誌やテレビ、新聞にも惑わされないほうがいい。マスコミはリストラ
された人間に対して、能力的に問題があるように語るけど、彼らにおれの
何が分かるんだと思うでしょ。だって、リストラされる前と、された後と、
自分自身は何も変わっていないはずだから。

地道にがんばってきた仕事人を馬鹿にするなと言いたいよね。家族を養う
ために、会社の業績のために、毎日どれだけ誠実にやってきたか。
本当はそういう仕事人で日本という国は成立している。

親父(おやじ)サラリーマンが、みんな、もう地道に働くのは疲れたと
言って、仕事を放り出して釣りにでも行ってしまったら、日本なんて
ガタガタでしょ。

人には底力があるんだ。だからまだ何度でも走り出そう。
矢沢もがんばるから、みんな自分の人生の主人公として元気を出そう。
その時、人の思惑なんて気にせず、自分の闘い方でいいと僕は思って
いる。

僕は「社会の東大生」だ

若い人は「中年はダサい」とか、「親父は古い」なんて決め付けている
けれど、本当にそうかと真剣に考えてみたことがあるだろうか。

僕は息子に言う。「お前は大学生だけど、まだ何者でもない」ってね。
僕は高卒だけど、人生を自分なりに生きて、やりたいことをやり、多く
の体験をし、悪くない一生だったと言えるだけのことをしてきた。

最終的には「人生の東大生」なんだと。

自分の人生がどうなれば幸せなのかって、本当に本人でなければ分から
ないんだ。だから若い人でも、中年でも、とにかく自分に問いかけて
みるしかないのだと思う。

どんなに有名になっても、いくつものビルを建てることに必死になっても、
死後まで持っていくことはできないしね。自分が棺桶(かんおけ)に片足
入れた時に、「おれの人生悪くなかった」と思って卒業するにはどうすれ
ばいいかでしょう。

誰にでも大切なのは、自立することだと思う。僕はそれをおばあちゃん
から教えられた。生活保護を受けながら孫の僕を育て、好きな酒を飲む
お金は、人の家の草を刈って自分で用意していた。

一緒に暮らそうと言う子供にも頼らず、最後までそうやって生きた。
かっこよかったね。僕も自立した心で、自分の人生を思うように走りたい
と感じたものだ。

最近の日本は何かが壊れている。社会に迷惑かけたり、依存したり。
でも、自分で立ち、自分の手で稼ぎ、そして自分の幸せを目指そうよ。
(談)


ハートふるメッセージ | 21:15 | - | -
| 1/1PAGES |


CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< July 2008 >>
PROFILE
NEW ENTRY
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
OTHERS
RECOMMEND

SPONSORED LINKS